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廿TT

譬如水怙牛過窓櫺 頭角四蹄都過了 因甚麼尾巴過不得

赤旗投書欄botはパロディーとしてのレベルが低いです。

ネットウォッチ

赤旗投書欄botとは

赤旗投書欄botっていうツイッターのアカウントがあります。
これはしんぶん赤旗のパロディーをやっています。

上記のように、

  • いかめしい文体で
  • 流行ものをなんでもかんでもむりやり「軍靴の音が聞こえる」みたいな社会の右傾化を危惧する話に結びつける

というのが基本パターンです。

が、これは残念ながらあまりおもしろくないです。

赤旗は基本「ですます」調です

赤旗は基本「ですます」調で書きます。記事も社説も投書欄もそうです。

このようにいかめしい文体を使ってしまうとモノマネとして成立しないのです。

なぜ赤旗がですます調かというと、これは日本共産党が明治以降の日本文学の言文一致運動を「言論を民衆の手に取り戻すもの」として評価してるからです。

むずかしい文語文は高い教育を受けられる金持ちしか扱えないけど、口語文は「民衆」の言葉だし「民衆」にそのまま伝わる、ということです。

言文一致をやった二葉亭四迷とかは、海外文芸の影響を受けてあの文体を選択したんだと思うけど、左翼は口語文をそのように評価した。

でもいま、「〜だ。〜である。」みたいなしゃべり方をする人はいないので、赤旗は「です。ます。」調を選択したのです。

「しんぶん」とかひらがな表記してるのも似たような理由によるものと思われます。

「軍靴の音が」パターンはどっちかというと新左翼

いかめしい文体で社会の右傾化を大げさに憂うのは共産党よりも新左翼なのです。

日本共産党はもともと戦時中、反戦運動とかが非合法だったときから活動していた過激派だったので、最初期は「暴力革命」を目指してました。

山村工作隊山村工作隊 - Wikipedia)とか球根栽培法は日本共産党黒歴史になってます。

でもそういうのは「左翼小児病的冒険主義」(今風にいうと中二病)とか呼ばれて、あらためられていきました。

で、そんな戦わない左翼は生ぬるい、っていう層は1960年代くらいから分派して「新左翼」と呼ばれるようになります。

新左翼系の評論家は、ブルース・リーの映画が流行るなんて右翼的だ(体育会系はみんな右翼だと思ってる)とか、YMOとかクラフトワークが流行ったときに、あんなのはファシズム的だ(みんなで同じ制服きて髪刈り上げてナチみたいだ)、とかいってました。

そして反社会のものが好きなのでヤクザを肯定してたりします。

あーあ。カンフー映画はむしろ抑圧されてきたアジア人による映画革命だったのに。暴力団はむしろ警察と癒着してたりするのに。

でもクラフトワークとかのかっこよさと、ナチズムの美学にひかれちゃう感じとかは似てなくもないかな、とはちょっと思いました、まあ、クラフトワークがやってるのは政治運動じゃなくて音楽なので、批判として的はずれであることにかわりはないですが。

さて、左翼っていうのは左翼どうし仲がわるいことで有名で、そういのはセクトとか内ゲバと呼ばれてバカにされます。

共産党や左翼を皮肉るならその内ゲバ体質を皮肉ったほうがいい。

赤旗投書欄bot新左翼共産党をごっちゃにしちゃってるので、やっぱりモノマネが下手です。

ぼくが感じる赤旗の気持ちわるさ

赤旗の気持ち悪さってのは先に述べたセクト化、カルト化にあります。

このツィートはパロディとしてレベルが高いです。

ぼくはこういうユーモアのセンスがないので、同じことを言おうとすると、

しんぶん赤旗って共産党大躍進とか選挙のたびに一面に持ってくるけど、自民党とくらべて桁が一個か二個ちいせーんじゃねーの。あんたらがやってること大本営発表とおんなじじゃん。聖教新聞が『信心で大勝利』って言ってるのとかわんないよ。あんたらが批判してる対象とあんたら一緒だよ。これじゃ怖くて共産党に政権わたせねーわ。」

みたいな、直球の批判になってしまいます。

赤旗投書欄も基本的に共産党をほめたたえる内容の文章が多くて、

「同じ野党でもどっかのだれかさんみたいに党首がコロコロ変わるところはいやですね」

とか民主党を皮肉ったりしてる。戦う相手がもうズレちゃってるし、民主党のダメさはそこじゃねーだろ。

共産党も自民・民主みたいにいろんな派閥を認めちゃえばもっと議席伸びると思うんだけど。

ぼくが笑った赤旗投書

川柳のコーナーに、

「政権を 任せられない 自民党

っていうのが載ってて、選者が、

「これはただの文章で、川柳になっていません」

ってマジレスしてたのは笑いました。

あと読者の質問コーナーに、

マルクスは資本主義的経済様式が高度に発達した結果として、共産主義が来るといっていますが、大量生産、大量消費が行き過ぎると環境破壊を招くのではないでしょうか」

って質問が来て、

計画経済なので計画的に生産しますから、問題ありません」

って回答してたのはおもしろかった。

計画経済は計画的だから大丈夫って無敵の論理すぎる。

他に笑った投書は下記ですが、これを笑うにはある程度の左翼リテラシーが要求されます。

「経営が苦しいとき、『ここがロドスだ飛んでみろ』というマルクスの言葉を思い出し、がんばった」

「ここがロドスだ飛んでみろ」はイソップ童話で「論より証拠」みたいな意味です。がんばって飛べっていう意味ではないです。

資本論』では搾取の存在証明のところで出てきます。

中学数学で「搾取の存在」を証明してみる 読書猿Classic: between / beyond readers

教条的マルクス主義者が実はマルクスをぜんぜん読めてないという典型例です。

レベルの高いパロディー

ぼくが知るかぎり一番ハイレベルな左翼、左派、リベラルへのカウンターは呉智英(くれ ともふさ)の『封建主義者かく語りき』です。

封建主義者かく語りき (双葉文庫)

封建主義者かく語りき (双葉文庫)

この本は例えば、「すべからく」を「すべて」の意味で使っている誤用を取り上げて、民衆とか草の根とか言う割にわざわざ難しい言葉つかってしかもまちがえてるのか、情けない権威主義だなー、みたいな揚げ足取りをチクチク重ねていきます。

でもそれが全体としては民主主義そのものへの懐疑論につながってしまうのだからおもしろい。おすすめです。