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廿TT

譬如水怙牛過窓櫺 頭角四蹄都過了 因甚麼尾巴過不得

科学リテラシーとかの問題、自由主義 vs 保護主義という思想対立に帰着される。

教育者と話が通じない

疑似科学とのつきあいかた ~教師を目指す皆さんへ~(pdf) はよい資料だ。

例えば、「水からの伝言」とか、明らかにウソなので学校で教えたりしないでね。

「水からの伝言」を信じないでください

おそらくあなたは「『水からの伝言』とか、明らかにウソなので学校で教えたりしないでね」という主張に「そりゃそうだ」と納得されると思う。

でも、実際学校の先生やってる人を相手にこういう話をすると、これはなかなか通らない。

ぼくは(数学あんまりできないんだけど一応)理学部数学科卒なんで、知り合いには理科や数学の先生がいっぱいいる。

彼らとどう話が通じないか。こんな風だ。

「いや、それはともかく、自然の大切さとか人の気持ちを教えたい」
「勉強は教育のなかの一つ。勉強を教えることが教育の目的じゃない」



まあ、@jun24kawa さんほどテンプレ的なものいいをする人は珍しいが……。

彼らの頭の中にあるのはこういう図式だ:
「知識がある人は知識を使って悪いこともできる。よって知識より道徳が大事」(1)

ぼくはこの見方に反対する:
「教育者が道徳的に『正しい』知識と『正しくない』知識を区別して、『正しい』知識だけを教えるとしたら、『正しくない』知識を含めた知識の全体は一部の人間だけが独占するということになる。そんなしくみは危険だ。道徳的に『正しい』知識と『正しくない』知識なんて区別はしない。事実と理屈に照らして『正しい』知識と『正しくない』知識だけを区別する。事実と理屈に照らして『正しい』知識の普及こそが大切」(2)

(1)のような見方を保護主義、(2)のような見方を自由主義と呼ぶことにする。

この枠組みで捉えると教育関連の議論における立場の違いが理解しやすくなるんじゃないか。

性教育に反対する人は典型的な保護主義者だ。江戸しぐさを肯定する人も保護主義者だ。

自由主義 vs 保護主義

反原発

記憶だよりなので引用は不正確だが、宮崎駿が「放射能はタバコより害が少ないみたいなこというやつ、本当に腹が立つ」というようなことを語ってるインタビューを引いて、ぼくが
放射能はタバコより害が少ないみたいなこというやつは、単にある場合の死亡リスクとか損失余命を比べているだけなんです。原発事故を軽視しているわけじゃない」
と言ったところ、
「そうじゃなくてそれをいまいってどうなるって話。死亡リスクだけで判断なんてできない」
という反論があった。

いまそれを言ってる場合かって、いまそれを言ってる場合なんですよ。

f:id:abrahamcow:20141220034448j:plain
島本和彦吼えろペン 1』小学館 p.136より)


彼ら的には原発事故という明らかな悪があるときに、それを相対化するような発言はむかつくのだろう。

でもその、原発事故が明らかな悪であるという認識の裏付けには、原発のデメリットへの認識があるはずだ。

その認識が正確でなければ、反原発は意味がない。

リスクやデメリットを低く見積もり過ぎるのはたしかに問題だけど、高く見積もり過ぎるのだって問題だ。

例えば「外国がいきなり日本に攻めてくる」というリスクもないとは言えないけど、「外国が日本に攻めてくるかもしれないから防衛予算倍増しろ」って言われたらいやでしょう。

原発のデメリットへの正確な認識を嫌ったら、それとおんなじことをやってることになる。

やっかいな放射線と向き合って暮らしていくための基礎知識

嫌韓流

ぼくは以前こんな日記を書いた。


facebook と「ネトウヨ」 - 廿TT

それに対してはてなブックマークでこんなコメントをつけてくれた人がいる。

小林よしのりの『戦争論』をネトウヨ本の『嫌韓流』と並べるのは可哀想だし、11年前に小林よしのりが左翼の平和主義とは異なる視点からイラク戦争に猛烈に反対してたのは立派だったと思う。

http://b.hatena.ne.jp/entry/227272173/comment/midnightseminar

うん。そうだろう。たぶんぼくの『嫌韓流』に対する扱いかたは好意的すぎるように見えるだろう。でも嫌韓流は参考文献を明記した上で議論を進めているし、日本韓基本条約などを引いた上で、「日本は韓国に対してすでに謝罪も賠償もすんでいる」という主張をしている。

日本国と大韓民国との間の基本関係に関する条約 - Wikipedia

一方、小林よしのりは議論が歴史的に見て誤りだらけ、ソースがテレビで見た映画だったりする。

だからぼくの立場からみれば小林がどんなに思想的に立派だったとしても、その評価は『嫌韓流』より下だ。

「植民地化に部分的に良い面もあった。日本は韓国に対して過去、謝罪も賠償も行ったことがある」というのが韓国人差別に利用される、だから、これを教えるな、という主張にはぼくは全く与しない。

ネトウヨ」の立場に立って考えたら、「嫌韓流嫌韓ネトウヨ本だからだめ」という主張はただのトートロジーだろう。それじゃ「ネトウヨ」層を説得できない。

だから嫌韓流の参考文献であるイザベラ・バードを引いた上で、

嫌韓流』などでは本書に掲載された日帝支配前のソウルの写真と、支配後のソウルの写真を並べてみせる。当時のソウルはひどい状態で、一面スラムに等しく、大通りは掘っ立て小屋に不法占拠され、ゴミや排泄物が平気で投げ散らされる中を皮膚病のイヌや子供がころげまわる、「北京以外では最も不潔な都市」だったとのこと。それが日本の支配下で見違えるほど豊かになった、と『嫌韓流』は主張するんだが、本書の最後の部分を読むと、実際にソウルの都市美化の先鞭をつけたのは、西洋留学から帰ってきた朝鮮官僚だったとのこと。この時期にソウルが急激に美しく立派になったのは事実だけれど、それをすべて日本のおかげとするのは無理があるようだ。

CUT 2006/11 Book Review

と述べる山形を支持するし、こうやって一歩一歩正しい知識を普及させていくやり方のほうが、むしろ差別を減らす方向に寄与すると思っている。

繰り返すが、
「教育者が道徳的に『正しい』知識と『正しくない』知識を区別して、『正しい』知識だけを教えるとしたら、『正しくない』知識を含めた知識の全体は一部の人間だけが独占するということになる。そんなしくみは危険だ。道徳的に『正しい』知識と『正しくない』知識なんて区別はしない。事実と理屈に照らして『正しい』知識と『正しくない』知識だけを区別する。事実と理屈に照らして『正しい』知識の普及こそが大切」

科学者や統計屋の倫理

統計屋は無邪気にビッグデータだなんだといってはしゃいで研究してて、その研究成果がもたらすデメリットを考慮してない、みたいなお叱りを受けることがたまにある。

ぼくはこの見方にも反対する。

例えば特定の人種の IQ が低い、という研究成果がみつかったら研究者は「うむ。これはこの人種への差別を助長しかねない」とその報告を控えるべきか? 控えちゃだめだ。

だってそれは正しい知識なんだから。

その知識を踏まえた上で、各々の特性を把握してどういうのが良い社会なのかをみんなで考えていくべきだ。

事実と理屈に照らした正しい知識の普及がなければ、そもそもその議論が成立しない。

バイオパンク―DIY科学者たちのDNAハック!

バイオパンク―DIY科学者たちのDNAハック!

例えばこの本はDNAをいじくるバイオハッカーたちが出てくる。遺伝子組み換えをそんな気楽にやられちゃ困る、と思う人もいるだろう。

でもこの本の立場は違う。遺伝子組み換えを気楽に、低コストでできるようになったことはいいことだ。

それが結果的には大企業だけが組み換え作物を独占してしまう、危険な状況を打破する。

結び

たぶんぼくは極端で、球根栽培法も腹腹時計アナーキストクックブックも原子爆弾製造法(how to make an atomic bomb)も、完全自殺マニュアルも宇宙人の死体写真集もスナッフフィルムも、見たいやつには見せてやれよ、規制すんな、と思っている。

たぶん、公共の福祉の観点からしたら、ある程度の情報統制が必要になる場面もあるだろう。

この文章がみなさまがそのバランスを考える一助となれば幸い。