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廿TT

譬如水怙牛過窓櫺 頭角四蹄都過了 因甚麼尾巴過不得

リリカルなリリックとはなにか? ヒップホップとビート派の詩人たち

抒情詩と叙事詩

ぼくはオタク文化であるアニメやゲームがバカにされてるのと同時に、ヤンキー系カルチャーであるヒップホップだってバカにされてる、と述べた。


昔はヤンチャもしたけど今は育ててくれた親にマジ感謝系日本語ラップの歌詞解説:ドレミの歌としてのヒップホップ - 廿TT

でもそれ以上に理解されていないのが、「現代詩」というジャンルだろう。

詩はもともと、小説や漫画やロックみたいな大衆文化に対して、ハイカルチャー(高級な文化)とされていた。

でもいまや日本ではその地位は逆転してしまっている。

実際、「ロックバンドやってます」っていうと「へーいい趣味だね」みたいな感想がかえってくるけど、「ポエム書いてます」っていったら「うわあ… なんか痛いやつだな…」みたいに思われるだろう。

ポエムの中でもストーリー性が強いのは「叙事詩」とよばれる。
一方、感性的な部分が強いのは「抒情詩」とよばれる。

叙情的であることをリリカル(lyrical)という。

ビートニクス。ウィリアム・バロウズ

ビート・ジェネレーションをご存知だろうか。

ビート・ジェネレーション - Wikipedia

  • アメリカにおけるマジョリティは白人だ。
  • そしてアメリカでも麻薬はもちろんずっと非合法だった。

でも1950年代から1960年代に、その主流派文化に対抗した白人たちがいた。

黒人カルチャーであるモダンジャズのビートの感じ、それと麻薬体験なんかの印象を詩や小説に反映させ、朗読(ポエトリー・リーディング)なんかも積極的に行ってたのがビート派(ビートニクス)だ。

代表的な作家には、

がいる。

これがヒッピーカルチャーや、ドラッグ体験を反映した音楽、サイケデリックなロックンロール等のルーツとなった。

そしていまのヒップホップなんかの遠いご先祖さまとも言える。

彼らの活動にどんな意味があったか?

例えば、当時キリスト教原理主義的な考え方の強いアメリカでは同姓愛は非合法とされていた。

「おかま」が犯罪? いまの感覚では信じられない(つってもいまの日本でもゲイ差別は根強くのこってるけど)

これが認められるようになったのは、主流派文化に対抗したビート派の連中のおかげだ。

たとえばバロウズはまだ同姓愛が犯罪だった時代から、自分がゲイであることをカミングアウトして、そのものズバリ『おかま』(Queer)というタイトルの小説を書いた。

おかま

おかま

これはゲイの方たちにとっても勇気を与えた偉大な功績だった。

またバロウズは自分が麻薬中毒だったことをカミングアウトした。

ジャンキー (河出文庫)

ジャンキー (河出文庫)

麻薬はもちろんダメ、絶対、なんだけど、麻薬中毒から脱却するためには医学的な治療が必要なのは事実。ただただ厳罰化して取り締まればいいってもんじゃない。

いまでもアルコール依存症なんかへの偏見は根強いけど、アル中っていうのは普段なんとなくお酒を飲んでるうちに、ある日とつぜんお酒が覚醒剤にすり替えられてしまうようなものだ。

アルコール依存症の人は、お酒がないと禁断症状(離脱)がでて、手が震える、幻聴が聞こえる、幻覚が見えるみたいな状態になってしまう。

単に意思が弱いからお酒を飲み過ぎちゃうってわけではない。

バロウズ麻薬中毒ジャンキー)っていうのは「なんとなくなってしまうものだ」ということを強調し、あらゆる依存(addiction)は、人間をしばりつけるものだ、と主張し、医学的な治療の必要性を述べている。

この主張はいまだにけっこう新鮮だったりする。

(でもバロウズの受けたアポモルヒネ治療っていうのは現代ではまず使われない、有効性が否定されたものなんだけど。まあ偶然バロウズにはよく効いた。)

つまりビート派の「自由」を求める活動は、個人の解放と社会の解放を同時に実現するものだった。

リリカルなリリック。NORIKIYO『23時各駅新宿』

とんかつQ&A「今だから抑えておきたいジャパニーズHIPHOPの歴史【入門編】」 | ホームページ作成サービス「グーペ」のキャラクターブログ「とんかつ教室」では、SEEDAを指して「内省的なラップ」「自分の置かれた環境や、そこから抱える悩みなどをエモーショナルに表現した」

より「ラッパー個人の現在」に焦点が当たっており、「働く場所がない」、「ラップで食いたいけど稼げない」などといった「弱い自分」をあからさまにさらけ出す部分に新鮮味があったんよね。

とんかつQ&A「今だから抑えておきたいジャパニーズHIPHOPの歴史【入門編】」 | ホームページ作成サービス「グーペ」のキャラクターブログ「とんかつ教室」

と語っている。

これは叙情的、リリカルだ。


いっぽうそれに対するアンサー、ロースおじさんの日本語ラップの歴史講座に注釈をつける。 - 廿TT では、「SEEDAは麻薬を売りさばく様子をもろに歌詞にした」「ラップしながらストーリーにもなってる」ようなスタイルが「リリカル」だと書かれてる(っていうかおれがそう書いた)。

ストーリー性が強いならそれは叙事的(descriptive)では?

この対立はなんで生まれたのか?

それはドラッグカルチャーにおいて、叙情的であることと叙事的であることは、一致するからだ。

ドラッグの体験を反映した詩は、体験を反映しているという意味で叙事的だし、麻薬の印象を述べるという意味では内省的でもある。

ビート派の作家、バロウズの主要な著書の日本語訳を多く手がけた翻訳者、山形浩生はこんなことを述べている。

f:id:abrahamcow:20141214034236p:plain
http://cruel.org/studiovoice/studiovoice.pdf

ビート派作家の代表格ケルアックの代表作『路上』(on the load)は、アメリカの広い土地をだらだら旅する印象をすごくうまく表現している。

そしてケルアックはその印象を切らさないように、普通の一枚紙じゃなくてロール紙を使って、つらつらタイプライターで文字を書き連ねるという手法を用いた。

だから、いまだに『路上』はバックパッカーのバイブルだ。

一方、日本語のリリカルなラップに影響を与えたSEEDAフックアップ(取り上げる、引っ張り上げること)したラッパーの一人にNORIKIYOがいる。

NORIKIYOの1stアルバム、『イグジット』に『23時各駅新宿』という曲がある。

イグジット

イグジット

NORIKIYO - BLACK FILE

ラップを聞き慣れてない人が一聴したら、たぶん「なんとなく哀調をおびた内省的な曲だなー」という印象を受けるだろう。

でもぼくら日本語ラップ好きはこの曲から、かなりはっきりストーリー性を読み取れる。

語り手のNORIKIYOは麻薬取引で一回捕まったことがある前科者だ。

彼はいろいろ反省しつつも、他にまともな職について金を稼ぐこともできないで、結局またおんなじ商売に手を出して、バックパックにコカインを詰めて運び屋をやる。

「掛けた天秤は結局はGOサイン」

検問とかにひっかるとまずいので自動車で行くのはやめる。小田急線の電車に乗りこむ。
終電だし帰宅ラッシュとは逆方向。社内ガラガラ。座席もあいてる。だからシルバーシートにどかっと陣取ってヘッドフォンで音楽聞きながら相模原から新宿に向かう。

窓から見えるのは暗い夜の街並み。それを見ながらNORIKIYOはいろんなことを思う。

前ミスって警察から逃げるために、高いところから飛びおりて片足が不自由になったこととか、10代のころからバカやってていつの間にかもう24歳だなーとか。

「神奈川相模 ビッコの眼鏡」「確かに24 こいつだきゃ平等」というラインからそれが読み取れる。

新宿に着いて、仲間を携帯電話で呼び出す。なかなかつながらない。コール音が耳に響く。

「鳴らす音が 呼んでるどこだ 俺ならここだよ ここ、ここだ」

取引終わった帰り道ではパトカーのサイレンに一瞬びびる。

いまの自分の不甲斐なさと、それでも自分はちゃんと前に向かって進んでいきたい、自分自身の存在を表現したいという気持ちが入り乱れて、それが「ビッコ」引きずりながら歩くこととオーバーラップする。

(ちなみにNORIKIYOのライブに行くと片足ケンケンみたいな動きで飛び跳ねながらラップする様子が見れる)

NORIKIYOの書く歌詞(Lyrics)は叙情的であると同時に叙事的だ。

この感じ、伝わるかな。実際神奈川に住んでて夜中に新宿のクラブに遊びにいったことがあるぼくにはすごくよく分かる。

あの車内のなんとなく寂しい感じ。新宿っていう首都東京の大都市とそこからちょっと離れた、神奈川との距離感が、自分もいつか何者かになりたい、という気持ちと何者にもなれない自分のダラダラした生活との距離感とオーバーラップする。

その距離感を表現してるから、ケルアックがバックパッカーのバイブルになったみたいに、『23時各駅新宿』はぼくのアンセムになる。

ダメ人間がそれでもなんとか自分を表現しようとして選んだ「ラップ」っていう手段が、ビートニクスとおんなじことを、(少なくとも部分的には)体現してしまっている。

これ、すごいよ。NORIKIYOさん。でもあなたがこんなすごい1stアルバムを出した24歳を、ぼくはもう過ぎちゃったよ。まだなんのアウトプットも残せてない。

どうしたらいいかなキー君。え?「ダチでもねえのに呼ぶなキー君」? あ、こりゃ失礼しました。

たかがバロウズ本。

たかがバロウズ本。

失踪日記

失踪日記


ウォッチメンに見られるバロウズの影響:PlanetComics.jp出張版 「ウォッチメン」特集サイトの落ち穂ひろい - 廿TT

バロウズ再評価されて欲しいなー。あのわけわかんねー小説がバンバン再版されて、みんななんかの機会にまちがって買っちゃって「なんだこりゃ… わけわからん…」ってなって欲しい。