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廿TT

譬如水怙牛過窓櫺 頭角四蹄都過了 因甚麼尾巴過不得

湾岸戦争 テレビゲームみたい 初出

日本を怪物が彷徨いている。「命の大切さを知らない若者」という怪物が。(共産党宣言のパロディ)

呪怨 劇場版 デラックス版 [DVD]

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「話すと当時のことを思い出す」と、半世紀近く体験を積極的に語らなかった。心境が変わったのは九一年の湾岸戦争。「テレビゲームみたい」と若者が話したと知り危機感を覚え、講演などを引き受けるようになった。

東京新聞:「戦争はゲームじゃない」 真珠湾攻撃に参加 元零戦搭乗員:社会(TOKYO Web)

この、「湾岸戦争を『テレビゲームみたい』と若者が話した」という話、いまだにときどき目にするけど、その若者って実在するのかな?

ググってみてもなかなか出典がわからないんですが(google:湾岸戦争 テレビゲームみたい 初出

いや、湾岸戦争の映像がテレビゲームみたいでショッキングだったっていうのはわかります。


また、メディアによるリアルタイムの報道映像は、ミサイルによる空爆をテレビゲームのように映し出し、「ニンテンドー戦争 (Nintendo War)」とも呼ばれた

湾岸戦争 - Wikipedia

でも、戦争をいわゆる「ゲーム感覚で」捉えていた若者って当時も実在しなかったんじゃないかな? と思うんですが。

ゲーム脳の恐怖 (生活人新書)

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「死んだカブトムシの電池を変えようとした子ども」と同じような、都市伝説なんじゃないかな、という気がします。

カブトムシの電池が切れた ‐ 通信用語の基礎知識

まえがきにあったこのエピソード、
「子どもが自分の飼育していたカブトムシが死んでしまい、親が悲しんでいる様子を見て、『パパ、電池を交換すればいいよ』と真剣な顔をして言ったそうです。この話に私は強い衝撃を受けましたが、子どもの脳に異変が生じていることは現実なのです」
僕ね、この話、20年以上前に聞いたことがあるんです。

――え? 20年ですか?

山本 随分昔に聞いた話ですよ。ゲームが台頭してくる前からある話です、これは。多分、都市伝説だと思うんですよ。森さんの友人の話じゃなくて、友人の友人の……ということだと思います。そういう話を出してこられるとちょっと困っちゃいますよね。

トンデモ『ゲーム脳の恐怖』(2)

あと、子ども電話相談室みたいな番組で「どうして人を殺してはいけないの?」って聞かれ、大人がだれ一人回答できなくて困った、みたいな話も初出が不明で、都市伝説なんじゃないかなって思ってます。

なぜ人を殺してはいけないのか?

「こども電話相談室」50年の歴史で回答者が困った質問 | ガールズちゃんねる - Girls Channel -
  1. 湾岸戦争を『テレビゲームみたい』と話していた若者」
  2. 「死んだカブトムシの電池を変えようとした子ども」
  3. 「どうして人を殺してはいけないの?」

は現代日本三大「命の大切さを知らない若者」像じゃないでしょうか。

ちなみに、(一人で遊ぶ)ゲームが恐怖の対象となる理由はよくわかります。

パオロ・マッツァリーノは『反社会学講座』で「読書は昔、『悪徳』とされていた」と指摘していました。

反社会学講座 (ちくま文庫)

反社会学講座 (ちくま文庫)

周囲の人間をほっぽって、一人俯いて遊ぶ子ども、というのは大人を不安にさせるものです。

寺山修司は、暗いところで何か読んでいると「目が悪くなるからやめなさい」と叱られる、「本当の理由」を看破している。

 問題は、視力低下でも、照明の暗さでもない。

 ヨーロッパ中世では、黙読していると「あいつは今、悪魔と喋ってやがる」と後ろ指を指されることがあった。

 それと同じで、暗がりで本に向かい合う行為それ自体が、大人たちを不安にさせるのだ(そして大人は、不安や恥辱を打ち消すために、怒りをよく使う)。

読書は反社会的行為である 読書猿Classic: between / beyond readers

さて、これ以上考察を続けても、
「命の大切さ、という戦後民主主義の中で生まれた空気が云々」
というようなありふれた結論になりそうなのでやめておきます。

「命の大切さを知らない若者」像から、おもしろい「怪物」は出現しなさそうですね。

ぼくとしてはもっと異様なもの、妖怪の誕生を期待してます。