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廿TT

譬如水怙牛過窓櫺 頭角四蹄都過了 因甚麼尾巴過不得

ロースおじさんの日本語ラップの歴史講座に注釈をつける。

1980年代

元ネタはこれね→とんかつQ&A「今だから抑えておきたいジャパニーズHIPHOPの歴史【入門編】」 | ホームページ作成サービス「グーペ」のキャラクターブログ「とんかつ教室」

まずヒップホップは「尻がいつでも跳ねるような」が語源としてるけど、これは要出典かなあ。
HIPもHOPもイケてる、はじけるみたいな意味でおしりのヒップとは関係ないと思う。
英語でヒップっていうとどっちかというと腰だと思うし。

さて、ロースおじさんは日本の最初期のヒップホップとして、
MAZZ&PMX、BUDDHA BRANDKrush Posse
を上げてるけど、このなかでBUDDHA BRANDは後発。

いまでもヒップホップっていうと「あれでしょ、レコードキュッキュッするやつ」みたいなイメージがあるけど、80年代はどっちかというとDJに注目が集まってて、それに合わせてラップも認知されていった。

MAZZ&PMXとかKrush PosseはDJよりの人たち、Krush Posseなんかは本当に竹の子族みたいな感じの不良だったみたい。

注意してほしいのは、ハードコアなHIPHOPアンダーグラウンドで盛り上がってから、メジャーでもHIPHOPも売りだした、みたいなイメージ、実は逆。

『一方で、「ラップ」という手法を用いながらも、初めから日本独自の土俵でオリジナリティを追求する動きもあったんや。』といってるけど、いまの日本語ラップの源流にあるのは、まず間違いなく、いとうせいこうの『業界こんなもんだラップ』。

つまり「初めから日本独自の土俵」でやろうという人たちの方が先にいて、アメリカ直輸入感が出てくるのは後なんだ。

もちろんだれが一番最初に日本語でラップをやったかっていうと、佐野元春がやってたとか桑田佳祐がやってたとかいろいろ意見がわかれる(ちなみにドリフの早口言葉のコントもおそらくラップを意識したものだと思う)んだけど、いわゆる「日本語ラップシーン」の根底には、いとうせいこうとかの演劇、テレビよりの人たちがある。

1990年代

それを受けて90年代にスチャダラパーかせきさいだぁみたいな人たちが出てくる。彼らはどっちかというと「渋谷系」的な需要のされかたをしていた。

渋谷系っていうのは、ポップな売れ筋音楽をやりながらぼくら洋楽とか超わかってますよ、みたいな感じを分かる人には分かるように、でも露骨に匂わせるスタイルだと思ってくれ。

あとナゴムレコードとかの流れもここに混じっていて、電気グルーヴとかのファン層とスチャダラパー高木完のファン層はけっこうかぶっていたと思う。

で、アンダーグラウンドのハードコアーなラップはそれに対するアンチテーゼ的に盛り上がっていった。

ZEEBRAK DUB SHINEDJ OASISによるキングギドラ』が重要なのは、このあたりから韻の踏み方が単語単位になっていくところ。

今夜はブギー・バック
「いち、に、さん、をまたずに 24小節の旅の始まり
と語尾の2音節ぐらいで踏んでいくのに対して
キング・ギドラは、
「飛行物体 未確認 もう来ているぞ 近くに
日出ずるところ島国 敵か味方かだれも知らずに
と4文字〜5文字くらい踏んでく。

空からの力

空からの力

アルバム「空からの力」はある種日本語ラップの教科書的な存在になった。
一時期はとにかく韻が固い(タイトである)かどうかがラップの良さを測る指標になっていた。

そしてその流れをうけてどんどん若いラッパーが出てくる。

TWIGYがYOU THE ROCKらと組んだ雷家族などのグループ」はラップのフロー(リズムや抑揚のつけかた)を多様化させた。

BUDDHA BRANDはこのあたりに登場した。でもアメリカ帰りの連中、という感じが強くてそれまでの日本語ラップとは違ったオリジナリティがあった。

彼らが日本語ラップに与えたのはイル(病んでる)という感覚だ。
「切り裂き魔 霧吹き魔」などの意味不明な歌詞がイルだった。

(ぼくは「病む」というちょっと古典的な単語が、今風の言い回しで使われるようになったきっかけがブッダ・ブランドだと思ってるけど、どうなんでしょう。)

また英語を無理やり日本語に訳したような「知ったふりしろ(act like you know)」等のフレーズや、英語と日本語をむりやり混ぜあわせた変な言葉を作った。いまでもよく使われる「like a(まるで)」という言葉で自分のスタイルを例えていくルーチンは彼らが完成させた。

リンク→TETRAD THE GANG OF FOUR / SPY GAME 発表時のインタビュー - 廿TT

雑誌blastなんかの影響もあってBUDDHA BRANDの「人間発電所」は日本語ラップクラシック(名曲)というのがもう暗黙の了解みたいになってる。

実際いま聞いても最高にかっこいい。

ロックで言うとニルヴァーナSmells Like Teen Spirit みたいな存在。

ちなみに洋ラップ版の Smells Like はウータン・クランのC.R.E.A.Mだ。

そしてロースおじさんの言うとおり、90年代のある種のHIPHOP黄金期のメルクマール、伝説のイベント「さんピンCAMP」っていうのがあるんだけど、その主催者ECDは「J-RAP は死んだ。俺が殺した」と宣言した。

ここで言うところのJ-RAPは m.c.A・Tとかだね、エイベックスとかが「J-RAP」をはやらせようとして売り出してた。
(でもハードコアなラップを出してたカッティング・エッジもエイベックスのレーベルなんだけど)

さんぴんCAMP

さんぴんCAMP

また、さんぴん世代の軍歌的な曲『マス対コア』でECDは「アンチJ-RAP ここに宣言」と歌っている。

だからいまでも、「日本語ラップ」という呼び方が一般的でJ-RAPとは言わないんだね。

また『マス対コア』の「業界くんから数えて十年」というフレーズも重要。
いとうせいこうの『業界こんなもんだラップ』がいわば日本にラップを上陸させたものだという認識があるからこんな歌詞が出てくるんだね。

(でもこの時期のECDのスタイルは基本、渋いスチャダラパーみたいな感じだった。『マス対コア』はあえて、わざと攻撃的に「J-RAP」との対立を煽っている。)

NITRO MICROPHONE UNDERGROUND妄走族THA BLUE HERBMSC、等々の流れはロースおじさんの解説に特に付け足すことはないかな。

この曲はO2がやばすぎる。「どうしたの目出し帽なんかしてめかしこんじゃって……」

2000年代前半から

SEEDA(SCARS)は日本でハスリンラップを始めた存在として重要。

大麻とか麻薬を匂わせる表現はそれまでにもあったんだけど、SCARSは麻薬を売りさばく様子をもろに歌詞にして、かつその歌ってる通りのことを実際にやってるように思わせた。

その「悪い」感じと、ラップしながらストーリーにもなってるようなリリカルなスタイルがシーンの風向きに大きく影響を与えている。

「ビルディングからビルディング つなぐ架け橋はハスリン」
おれはSEEDAよりもSTICKYとかA-THUGが好きなんだけど、SEEDAは圧倒的にラップが上手い。

リリカルなリリックとはなにか? ヒップホップとビート派の詩人たち - 廿TT

ハスリンラップのパロディー。

2010年頃

「SWAGラップ」の話だけど、SWAG(自分のスタイル、イケてるでしょって見せびらかす感じ)をはっきり打ち出したのはAKLOとKLOOZだね。

Cherry BrownやMINTはSWAGよりもサウス(アメリカ南部)のヒップホップを取り入れたことが重要。

それまで日本語ラップの曲(トラック)は90年代の黄金期のスタイルを引きずっていて、BPM90〜120くらいでキックバスドラム)、スネア(小太鼓)、ハットハイハットシンバル)で構成されるエイトビートのドラムがはっきりなってて、埃っぽいサンプリングの音を基調としたサウンドが王道で、エレクトロっぽい音作りはバカにされていた。

サウスのサウンドは荒っぽいシンセのリフとか、ドラムマシーンの音を前面に打ち出した。

つまり音の質感が、
|ドッ、ツ、カッ、ドッドッ、カッ、ツ|ドッ、ツ、カッ、ツ、ドッドドッ、カッ、ツ|
みたいな感じのものしか認められていなかったところに
|(チキチキチキチキ)ドゥ〜ンドゥ〜ンボンボン|(チキチキチキチキ)ドゥ〜ンドゥ〜ンボンボン|
みたいな感じをどうどうと持ち込んだ。
歌詞の内容もしょうもない、下ネタとかただしゃべってるだけみたいなラップを認めさせたのがCherry BrownやMINTだ。


ちなみに、「Girlz'n'BoyzのCherry BrownとMINT」と書かれているけどCherry BrownがGirlz'n'Boyzに入ってるわけじゃないよ。

あと、彼ら(AKLO、KLOOZE、MINT、Cherry Brown)が重要なのはMIXTAPE(フリーダウンロードのミニ・アルバム)をバンバンリリースしたこと。

昔だったらラジオとかテレビで曲を聞かせてアルバムを売ってたのが、インターネットで流通させて話題をつくる方向にシフトしたんだね。

MINT × HyperJuice "Rehash of the Dead EP" の歌詞書き起こした - 廿TT

最後にKOHHを出してくるあたり、ロースおじさんわかってるな感ある。聞いてね。

個人的には、Cherry BrownやMINTの影響でECD日本語ラップに回帰してきたことがすごく重要。

LEGENDオブ日本語ラップ伝説

LEGENDオブ日本語ラップ伝説

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