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譬如水怙牛過窓櫺 頭角四蹄都過了 因甚麼尾巴過不得

差別によって人間が妖怪になる

妖怪はどこから生まれるか?

いま、妖怪はどこから生まれるか? ということについて考えていて、ひとまず下記のような分類を置いてみた。

  • 現象としての側面
    • 自然現象、生理現象など人が感じた体験
    • 人間に対する差別意識や恐怖感
    • フィクション、ストーリー、お話
    • モノのコト化、現象に対する解釈
  • 形としての側面
    • 動物
    • シミュラクラ
    • 絵や彫刻、お面、おもちゃなど
  • 情報の伝達
    • 時間の経過
    • 地理的な移動

妖怪はこれらの要素の複合として生まれるのではないか。

今回はこの中でも「人間に対する差別意識や恐怖感」についてフォーカスする。

実在する人が妖怪になるケース

メリーさん

ネット上で有名な「メリーさんの電話」という怪談がある。

少女が引越しの際、古くなった外国製の人形、「メリー」を捨てていく。
その夜、電話がかかってくる。
「あたしメリーさん。今ゴミ捨て場にいるの…」
電話を切ってもすぐまたかかってくる。
「あたしメリーさん。今タバコ屋さんの角にいるの…」
そしてついに「あたしメリーさん。今あなたの家の前にいるの」という電話が。
少女は思い切って玄関のドアを開けたが、誰もいない。やはり誰かのいたずらかと思った直後、またもや電話が…
「あたしメリーさん。今 あなたの後ろにいるの」

メリーさんの電話 - Wikipedia

これは実在するメリーさんが、都市伝説化して流布した後、リカちゃん電話をモチーフにした怪談とくっついたものだろう。

google:image:ヨコハマメリーGoogleでイメージ検索するとメリーさんの写真見れる。

メリーさん - Wikipedia

だんだん近づいてきて、いなくなったと思ったら後ろに! という話作りにはアメリカン・ホラーの影響も感じられる。

子泣き爺

水木しげる御大の「ゲゲゲの鬼太郎」の味方の妖怪として有名になった子泣き爺も、実在する人物がもとになっているらしい。

子泣き爺 - Wikipedia

水木しげる柳田国男(“やなぎくにお”と読むらしい)の『妖怪談義』を参照している。

妖怪談義 (講談社学術文庫)

妖怪談義 (講談社学術文庫)

柳田國男『妖怪談義』 (講談社学術文庫 135) の「妖怪名彙」(p.199)から引用すると、

コナキジジ (前略)形は爺(じじ)だというが赤児の啼声をする。

そして山中で赤子に化けていて、抱き上げると重くなるというウブメやウバリヨン(おんぶお化け)に近い話は「こしらえ話」らしいとした上でこう述べる。

木村平の村でゴギャ啼キが来るといって子供を嚇(おど)すのも、この子啼爺のことをいうらしい。

ちなみに項目名が「コナキジジ」とカタカナになってるけど、民俗学の分野では定義のはっきりしない用語はカタカナで表すという慣習があるみたいだ。
ムラ社会とか、ハレ、ケ、ケガレとかね。

そして、多喜田昌裕さんという郷土史家の方が調査したらところ、なんとコナキジジ、実在したらしい。
あるところに子供の泣きマネをしながら山を徘徊する変なおじさんがいて、ある家庭では「悪いことをするとあの爺に連れてかれちゃいますよ」と子供をおどかしていたという。
それがコナキジジの元になったという。
京極夏彦『文庫版 妖怪の理 妖怪の檻』 (角川文庫) pp.477-482 を参照)

文庫版  妖怪の理 妖怪の檻 (角川文庫)

文庫版 妖怪の理 妖怪の檻 (角川文庫)

ヤドウケ

子泣き爺にくらべるとマイナーだが、夜道怪というお化けがいる。

夜道怪 - Wikipedia

これはお坊さんが「ヤドウカ」(宿を貸してくれ)と声を張り上げて訪ね歩いていたのが元になっているらしい。

「早く寝ないと、あの『ヤドウカ』に連れてかれちゃいますよ」というわけだ。

子泣き爺もそうだし、早く寝ないとお化けが出るぞ、と子供をおどかすために語られたタイプの妖怪は多い。

差別と妖怪

河童

「妖怪の道は河童に始まり河童に終わる」という言葉がある。
カッパはめちゃくちゃ奥が深い。

河童 - Wikipedia

河童の頭には皿がある。
なぜ河童の頭には皿があるのか。
京極夏彦は宣教師のトンスラとの関連性を示唆している。
京極夏彦、村上健司、多田克己『妖怪馬鹿―化け物を語り尽せり京の夜』 (新潮OH!文庫) pp.189-199 を参照)

妖怪馬鹿―化け物を語り尽せり京の夜 (新潮OH!文庫)

妖怪馬鹿―化け物を語り尽せり京の夜 (新潮OH!文庫)

↑ぼくが参照したのはこっちだが、

完全復刻・妖怪馬鹿 (新潮文庫)

完全復刻・妖怪馬鹿 (新潮文庫)

↑復刻版が出てるらしい。

フランシスコ・ザビエルとかは頭のてっぺんの毛を剃っていたでしょう。
あれがトンスラ。

トンスラ - Wikipedia

ハゲ=カッパというとバカみたいな話だが、髪型とか服装はあなどれない。

ちょんまげ結って羽織袴の妖怪ってちょっと思いつかないくらい少ない。
山ン本五郎左衛門くらいか。

山本五郎左衛門 - Wikipedia

網野善彦によれば、中世の日本には、河原者(かわらもの)と呼ばれた人たちがいた。
彼らは川辺で牛や馬の死体の処理をしていた。

そして彼らは童姿(わらわすがた)をしていた。

当時の日本では、髷(もとどり)を結ってるのが平民の成人男性の正装だった。
髷を切ってざんばら髪(つまり、オカッパ頭)にするということは平民の資格がない、という強い意味を持っていた。

〇〇童(どう/わらし)という名前の妖怪はいっぱいいることに注意しよう。

そして、河童は馬を川に引っ張り込むだろう。

例えば、道で馬が死んだとき、河原者以外の人はもう馬に触ることができない。
河原者が馬を川辺に引っ張っていき、解体したり皮を剥いでなめしたり、死骸の処理をしていた。

皮を剥いで加工する、皮革技術者としての職能は、「ケガレ」を清めるという神聖な作業であり、畏敬の対象だったわけだ。

日本の伝統工芸品のなかで、木工や紙すきや織物にくらべると革細工の印象は弱いけど、革は武具をつくるためには欠かせない製品である。

犬神

再び網野善彦によると、11世紀ごろから、犬神人(いぬひじにん)と呼ばれる集団が成立していた。

名前からして犬神という妖怪の原型(の一つ)だろう。
犬神 - Wikipedia

彼らは葬儀や死体の処理、死刑の手伝いをしていた人たちだ。

これらの仕事も罪人のケガレを清める特殊な能力だった。

そして犬神人は神社や寺院と深い関わりを持ち、僧形(僧侶の姿)をしていた。

◯◯小僧、◯◯入道、〇〇坊主という妖怪は多いだろう。

犬神人や河原者、彼らは広い意味では「えた」とか「非人」と呼ばれた人たちだ。

「えた」、「非人」というのは、現代ではかなり強烈な差別語だが、中世の日本の差別と現代の差別は同じ感覚では捉えらない。

「えた」、「非人」は中世の技術者であり、その特殊な技能はケガレを清めるという神聖な作業であり、畏敬の対象――自分たちと違う存在として恐れられると同時に尊敬される、言ってしまえば神に近い存在――だったわけだ。

日本の歴史をよみなおす (全) (ちくま学芸文庫)

日本の歴史をよみなおす (全) (ちくま学芸文庫)

網野善彦、『日本の歴史をよみなおす (全) 』(ちくま学芸文庫) pp.081-142 を参照)

それが江戸時代に入って、士農工商の制度が確立された以後、その職能は「下層階級の人がやる汚れ仕事」という扱いに変わってくる。
そうすると、畏れ敬う気持ちを反映したストーリーの部分だけが、切り離されて残り、畏れ敬われる対象はいなくなる――妖怪の誕生だ。

ついでに言うと、爺、婆、女も江戸時代は社会的弱者だった。〇〇爺、〇〇婆、〇〇女、というのも、妖怪に多い名前だ。

差別と妖怪は切り離せない関係にある。

その他参考

網野善彦 - Wikipedia

網野善彦はおもしろいけど、アカデミズムの世界でどう評価されてるのかは不勉強なのでしらない。
うわさによると、一次文献のあたり方がけっこういい加減な我田引水だったりするらしいので注意。

土蜘蛛 - Wikipedia

土蜘蛛はもともとは大和朝廷に帰属しなかった人たちに対する蔑称だったらしい。

憑きもの筋 - Wikipedia

憑きもの筋は、部落や集団に対する差別ではなく、共同体のなかにいる特定の家系に対する差別と関係している(ような気がする)。

日本の妖怪一覧 - Wikipedia

ウィキペディアの妖怪関連の項目の充実っぷりはすばらしい。
古い絵巻物の図版とかもいっぱい入ってる。
だれが編集してるんだろう。

異人論―民俗社会の心性 (ちくま学芸文庫)

異人論―民俗社会の心性 (ちくま学芸文庫)

いーじんさんにつーれられて、いーっちゃーったー♪

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