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譬如水怙牛過窓櫺 頭角四蹄都過了 因甚麼尾巴過不得

もしもしの語源

電話のとき「もしもし」というのは、電話では人の顔が見えないからだと思います。

黄昏に途を行く者が、互いに声を掛けるのは並(なみ)の礼儀でなかった。言わば自分が化け物でないことを、証明する鑑札も同然であった。佐賀地方の古風な人たちは、人を呼ぶときは必ずモシモシといって、モシとただ一言いうだけでは、相手も答えをしてくれなかった。狐じゃないか疑われぬためである。


柳田國男『妖怪談義』講談社学術文庫

柳田は黄昏(タソガレ)の語源は「誰そ彼は」だとしています。

妖怪談義 (講談社学術文庫)

妖怪談義 (講談社学術文庫)

なんで二回言うと狐狸妖怪の類でないことの証明になるのか(⇔なんで狐狸妖怪の類は一声で呼ぶことになっているのか)はわかりませんが、まあ一声よりは二声のほうがていねいだっていうのはあると思います。

一般的に、マナーっていうのはマナーそのものに意味があるというより、むしろ「マナーを知らない人」をよそ者として区別するために進化してきたようなところはあります。

昔の田舎の人にとっては、暗いところでよそ者に声をかけられること自体が恐怖の対象だったのかもしれません。

岐阜県の山間部でも「一声よび」は化け物がすることだから、山仕事をするときは必ず二声で呼ぶように、という伝承があったそうです。
また、アイヌにも「カヨーオヤシ」という似た伝承があったらしいです。
↓出典

日本妖怪大事典 (Kwai books)

日本妖怪大事典 (Kwai books)

ちなみに、児童書などでは、妖怪「うわん」は、「うわん」と呼びかけて驚かす妖怪だとされています。が、元ネタの石燕『画図百鬼夜行』には「うわん」については説明がいっさい書かれていません。なので、児童書の解説は後付けの創作だと思います。でも、「うわん」という名前からして、たぶんそういう鳴き声を発したのだろうとは思います。

鳥山石燕 画図百鬼夜行全画集 (角川文庫ソフィア)

鳥山石燕 画図百鬼夜行全画集 (角川文庫ソフィア)

どうやら、人のいないところで急に人の声らしきものが聞こえるという現象は、たぶん実際にしばしば起こるのだと思います。それが幻聴か自然現象か動物の鳴き声なのかはわかりませんが。

一方、ビジネスマナーとして、電話のもしもしは失礼にあたるという人がいます。
これの由来はよくわかりませんが、まあビジネスマナーなんてものはたいてい由来や歴史を調べても大しておもしろくはないです。誰かが「それがマナーだ!」と宣言したら、それがマナーになっちゃうので。

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